プロジェクトのはじまりの備瀬
4/23 備瀬
>>ここから始まった。
スケールの大きすぎる自然の偉大さと、明るいパワーの人たちが住む宮古島に別れを告げ、前田さんの運転で3回目の備瀬へ。初回は、昨年秋40分だけ備瀬の海をみながらシンボウさんと立ち話しをして、2回目は今年の4月ホテルのカフェで50分だけシンボウさんとお茶をのみ、今回3回目となる備瀬は2日間の予定。ようやく本部を探求できそうだ。備瀬というか広くいうと本部(モトブ)は、今回のレジデンスの拠点となる伊江島の対岸に位置する。この本部港からフェリーが1日4回伊江島と往復している。
今年のこのノーラのプロジェクトを沖縄で行うきっかけとなったのは、昨年の夏、京都で上演した「熱風」(作・脚本・演出・映像:飯名尚人)という作品で、ノーラとシンボウさんが共演したことに始まる。シンボウさんの奏でる歌と三線は、ノーラの故郷であるジンバブエの懐かしい芸能と、とても似ているそうだ。それをきっかけに、沖縄でのレジデンスを考えるようになった。地の芸能・女性のシャーマンや神事・沖縄の歴史と今の問題―沖縄の海は青い、というだけではなく、見て見ぬふりをできないモノやコトがぎっしり詰まっている。沖縄は日本の社会や人間の縮図のようだと例えられる。5年前、「熱風」という作品の始まりが、沖縄と関係していることも大きい。
とは言え、ああ、こんな海があったのかと思わずにいられない、どこまでも美しすぎる島であることに揺るぎはない。
2014年8月 「熱風」より photo:Kim Song Gi
昨年秋、沖縄でレジデンス・プロジェクトを行える可能性があるのか、美術館の前田さんに相談しに行った。ノーラの作品を映像で観た前田さんは、白い砂がある備瀬や、足を踏みこむ踊り宮古のクイチャーや、伊江島の腰の低い踊りペンシマという仮面舞踊など、沖縄の芸能との共通点をおしえてくれた。「本部の備瀬はシンボウさんがいるところの近くだよ」ということで、急遽、備瀬に足を延ばした。
備瀬に着いてからシンボウさんに電話をかけてみると、漁に出ようとしていたところバイクで向かってくれることに。私が「熱帯魚が見えると書いてある海のポイントにいます」と言ったら、「ここらあたりはどこでも熱帯魚はいるよ。」と笑われた。確かに熱帯魚がいない海がなく、穏やかな透明な珊瑚の海が広がる。色がない海というのを初めてみた気がする。青ではなくて透明。海という概念がまるで違う。ここにコンクリートを埋めて基地をつくるなんて、想像できない。シンボウさんは、「9月の今が一番、海がきれいなんだ」と言う。この海で蛸や魚をとっているシンボウさんは、バリ島の人のような暮らしをしていた。音楽家であり漁師であり工芸品をつくる。ここでは生活と芸能が同じ線に並んでいる。
>>こういう海と、こういう暮らしがある集落
その時に、「ここは神が降りてくる御嶽がたくさんあってね、それは集落の人しか見れないんだ。」と聞いて、神事がまだおこなわれているこの本部町でレジデンスができるのか、シンボウさんに案内してもらいたいと思い今回、2泊することにした。シンボウさんの住んでいるのは、隣の集落の新里。今回は備瀬の民宿・岬を世話してもらった。「ヤマトンチューから来る人は、なんか様子があわただしいからねー(笑)」と岬のお嫁さんに紹介される。岬の食事は、京都や東京の「定食」の3倍のボリュームがあり、うまい!
最近テレビや雑誌で見る機会の増えた備瀬。暴風から守る緑の濃い葉をつけた丈夫そうなフクギという木があり、「備瀬のフクギ並木」が有名になり、ここ数年であっという間に観光地になったそうだ。今はシーズンオフなのに、若い女子やアジアの観光客が目立つ。観光地になるとお金が沸いてくる、そしてそれはいろいろなことが変わり始めると。2軒しかなかった宿が増え、ヤマトンチューの別荘も具志堅・今帰仁村まで増えているそうだ。おしゃれな現代風のペンションや、古民家を改装したカフェが増えた。沖縄県外から来た人たちが起業しているそうだ。減る一方の集落が活気づき観光客や商いをしに来る人々が増える。いいねえ、という事と、変わってほしくないねえ、ということが交互にある。
半年ぶりに会うシンボウさんは、すっかり日焼けしていた。見せたい処があると言われ、草をかきわけ入って細い道を行くと、急に視界が開け「ワルミ」という絶景が広がっていた。海と空と岩と地面が結婚して天地がなくなるような空間。海と空の境がない青色。シンボウさんが子どものころは、手が届かなかった岩が今では背よりも低くなってしまったそうだ。死んだ珊瑚の抜け殻が溜まって、地面が上がってきている。ここがこのままあと何年在るのか危ぶまれる。この貴重な奇跡のような場所が無くならないうちに、ここでノーラのダンスとシンボウさんの音楽を撮影しようという計画になった。
「ここの地元のすごさは、一度外に出ると見えてくる。最近、フクギでシャツを染めてみようと思って。」ムックという若い犬がはしゃぐシンボウさんの家の軒先に、鮮やかな黄色いシャツが吊るしてあった。フクギのあんなに濃い緑から、沖縄の太陽と大地の色をつくり出す。柔らかくて力のある黄色。ワルミで踊るとき、ノーラはこのフクギで染めた衣裳を着るのはどうだろうか。アフリカでは黄色は、愛と美をもたらす女神の色だそうだ。清川さんがデザインした衣装をシンボウさんにこのフクギ色に染めてもらうようお願いした。麻か綿の天然の素材が良く染まるらしい。沖縄の梅雨明けの6月末から染められるように準備をすることになった。