Diary
沖縄滞在日記

ウシャパドゥモー跡で公演する


4/26 伊江島2日目

 友寄さんは、長らく那覇にいたそうですが最近、故郷の伊江村に帰ってきて伊江村教育委員会に就職したという経歴の持ち主。だからちょっとおもしろい。最初会ったとき、私の知り合いの國府田君にそっくりで驚いた。伊江島を愛し、熱くモーレツに働く好青年だ。そんな友寄さんの力強い味方、いろいろな職業の好奇心旺盛な同士が集まってくれて、<七つ星>を結成。私たちのレジデンスをサポーとしていただきます。

>>伊江村農村改善センター かつて村の中心だった場所。神祀りの中心地。


 (村民の芸能公演の拠点 伊江村農村改善センター)

ひと月沖縄に滞在して作品制作を行う最終日に、途中経過発表としてダンス公演を行う場所はどこにするか?そこが悩みどころだ。
伊江村農村改善センターという、島民が芸能するならここでっせ、というホールがあるというので見に行く。
趣のある雰囲気のよい建物だ。建物の裏側にあたる場所は、御嶽があり祈りの場となっている。涼しい風が通りぬける手入れの行き届いた樹木の緑が清々しい御嶽。どなたか祈りに来られたようでお供えがあった。道路沿いの隣は、唯一残っているという戦争で爆撃されたコンクリート建築が剥き出しになったままの建物がある。

 改善センターの舞台がちと狭いのと、客席部分もコンクリのようで難しい。それに、せっかく沖縄でやるのだから野外でどこか面白い場所はないだろうか、ということで友寄さんと相談することに。

>>公演の場所はここしかない!なんかここはすごい場所なんだな。

改善センターの真ん前に、一本の木(タブノキ)がありその廻りを芝生が茂っている丸いちょっとした広場がある。友寄さんが、「ここはどうでしょうか?」と提案してくれた。

伊江村史実の文献によると、「ウシャパドゥモー跡」と言われ、明治時代の終わりまで、村民の皆が集まって「綱渡し」という村の裁判があった場所。綱から通される人は罪はないが、村民が通すな、と言われる人は何かの罪がある人、と言われた。

また、この改善センターの辺りは、昔はノロ殿内(シャーマンの家)があったといわれ、ノロ殿内の前の広場を「ウシャパドゥ毛(モー)」と言い、島内で一番広い毛(広場)。折目(祈りをする日)に城山から神木を持ってきて祭りをしたという。近くには番所(役場)があって、人民を集会させ、王府からの命達などをしたという。雨乞い相撲もここで行っていて、つまりここは、祭政一致の場であった。」

うわ、まさにこの広場=毛・モー が祭事・祀りの拠点だったわけですね。いやーもーなんというか、この神聖な場所で是非、発表公演をやらせていただければ!ということで、途中経過の発表場所はここで決定となった。


ウシャパドの池(昭和30年頃)(現在駐車場)

舞台となるこのタブの木の前に立つと、人がしがみついているような木と対角線を結んでいる。この木は戦争でやられて幹が割れてしまったが、その中から新しい枝がでて今も育っている。

>>本部一帯の大折目、豊作の神への感謝と祈願を捧げる歌と踊り。神への祈り

せっかくなのでいろいろ資料を記しておきたい。

さらに、今はもう行われていない「大折目」の儀式の一日目から三日目まで、記憶の残るノロたちに聞いて掘り起こしたという、写真入りの文献を友寄りさんが探してくれた。
神戸女子大学・武藤美也子著「伊江島の大折目(ウプウイミ) ―報告と分析―」

今帰仁歴史文化センターのWEBにも、伊江島の祭祀の写真や説明があります。

伊江島では、東のノロと西のノロの儀式があり、まさにこの広場は、儀式の重要なポイントになっていたようだ。
備瀬でシンボウさんや民宿・岬のやすえさんにお聞きした「シニグ」についても文献発見!
■今帰仁村のウプウイミ(ウンジャミ)
■本部町辺名地のシニグ
■伊江島の大折目(ウプウイミ)
が、この本部一帯の主な神祀。

カタカナだらけのこの資料は読みにくかったけれど、かなりおもしろい。何故、このようなことをするのか、神への感謝の儀式はかなりやることが細かい。「ウーウー」と唱えるとか、神への感謝を捧げるためのお供えや衣装。理由もわからないけれど興味がつきない。備瀬ではかろうじて神事はまだ行われていた。例えそれが、形式的になってしまったとしても。私は備瀬の区長さんに映像で残しておいたほうがいいのでは?と心配で話した。何故かというと、目の前の島、ここ伊江島ではもう、なくなってしまったのだから。ノロが激減してしまったこと、後を継ぐ人がいなくなってしまったことが大きいようだ。

武藤美也子氏のレポートの締めくくりに目を奪われたので紹介します。
(簡潔にしてます)

「なぜ神人の跡継ぎが出てこないのか。それは祭祀の存在の基盤になっている村社会の変容である。村という共同体の必要性が低くなり過疎化が進んでいる。どこにいても世界の情報が手に入る情報化時代において、全てが科学的に説明される社会において、祭祀の存在する場所は無くなってきている。

 一方で現代、祭りがさかんに執り行われ地域によっては祭祀が復活している。これはどういうことか?
 無形文化財として国に認められたものが主であり、それは祭りの中の芸能儀礼であり、その保存が叫ばれ「祭り」が存続・復活している。祭祀とは本来「神祀り」である。しかし神祀りとしての存在意義は現代の社会では無くなっている。民族芸能の背景、祭りの部分だけが残っていくのであろうか。

 このように祀りの衰退、消滅は仕方のないことだが、かつてあった祭祀を見ることで、祖先の文化、思考を知ることは、己の風土、民族の心を知ることになり大切な事と考える。」

>>作品のタイトルは「祈り」

宮古島の神歌・神祀りを追ったドキュメント映画「スケッチ・オブ・ミャーク」を観た。こうやって映像で観ると、文字で読むだけではイメージできなかったことの助けになる。
おばあが年寄りのはずなのに、すこぶる元気でチャーミング。可愛いギャグに笑える。この映画の中で唄われる神歌のCDをノーラに送った。
ノーラのお母さんが病に臥せっていて、年配の女性が歌う祈りの歌の力に、感じるものがあったようだ。

「沖縄・宮古の神歌」CDジャケットより

友寄さんも、七つ星のみなさんにとっても、伊江島のノロや神祀りは過去のものとしてしか知らないそうだ。「今回のノーラさんのレジデンスをきっかけに、今は行われていない神祀り大折目(ウプウイミ)の足跡を一緒に歩いて辿ることができないだろうか。」
やっぱり!普通でない公務員の友寄さんから、射抜くようなずば抜けたアイデアが出た。これいい、是非ーやっていただきたいです。

伊江村の神歌はどんなものだったのだろう。宮古だけではなく、各地で必ず歌いつがれてきた祈りの歌や踊りがあるのだろう。
過去をみることは、未来をみることになる気がする。中村氏の言葉がヒントをくれた。
7月のノーラの沖縄への旅は、いろいろな祈りの意味が込められているようだ。
そんなことを思う頃、ノーラから今回の作品のタイトルは「祈り」にするというメールが届いた。

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